ド忘れ城本丸

城主・春もみじの近況報告/“微”忘録です ついった@Northern_maple

「エモい」が何か体験したい

 

 今月中旬に三省堂が新たに高校生向けの国語辞典を発売した。『三省堂現代新国語辞典(第六版)』。ちょっと話題になった辞典である。「バズる」「イキる」といった新たな語が追加されたり、「沼」「草」など、新たに説明が追加されたりしているそうだ。

 

 若者言葉──といえるかどうか。別に若者でなくても使っているような気もするが、使用者の中心は若者だろう。私も20代前半、まだまだ若者である(よね?)。 上に挙げた「沼」や「草」はSNS上でつい使ってしまう。

 

 最近の言葉で私がどうも使えていない単語がある。「エモい」だ。

 

 

 Twitterのタイムラインを見てみると「○○が××すぎてエモい」だの、「#定期的にエモ散らかさないと死ぬぞ」だの、そこそこの頻度で散見される単語である。

 

 当然だが意味は調べた。「知らない単語が出てきたら分からないと言う前に辞書を引け」で育ってきた人間なので辞書的な意味は分かっているつもりだ。その上で“使えない”のだ。

 

 世の中には意味は特にないがなんとなく流行る言葉がある。いい例が「ウオウオフィッシュライフ」だ。あれほどよく分からない言葉はない。

 

 だがこれは違う。人によって定義づけが異なっていたり、発言に内包されるニュアンスが個々人でバラバラだったりするかもしれないが、おおよそどの状況下で、どういう場面で「エモい」なのかは共通しているはずである。

 

エモいは、英語の「emotional」を由来とした、「感情が動かされた状態」、「感情が高まって強く訴えかける心の動き」などを意味する日本語の形容詞。感情が揺さぶられたときや、気持ちをストレートに表現できないとき、「哀愁を帯びた様」などに用いられる。また、現代若者に使われる用語である。

 

 出典:エモい - Wikipedia

 

 「今年の新語2016」では「エモい」は第2位に選ばれている。

 

エモ・い 2 (形)〔emotionを形容詞化したものか〕 〔音楽などで〕接する人の心に、強く訴えかける働きを備えている様子だ。「彼女の新曲は何度聴いても━ね」

 

 出典:2016年の選考結果|三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2016」

 

 一つ言えることは「汎用性が高い」ということである。でなければ2016年の新語に選ばれないだろう。2年が経った今でも使用者がごまんといることからも使い勝手がいいことが分かる。汎用性が高いと流行が落ち着いてきても使われ続ける。おそらくこの先も暫くは使われることだろう。「ヤバい」「微妙」などがそうだ。

 

 「感傷的」「物悲しい」「切ない」とはまた違った感情なのだろうか。もしかしたら知らず知らずのうちに「エモい」に該当する感情になっているのに気付いていないだけなのか。

 

 この問題を複雑にしているのはこの言葉が感情を表す語であるということだ。感情には形がない。感情を司る「心」さえ形がない。人によって異なる。文字に起こすのが難しいのだ。「悲しい」という状態を辞書的に説明しろと言われてスラスラ言える人はそういないだろう。言えたとしても少し考えるはずだ。曖昧な表現が混じるだろうし、具体例を交えてしまうかもしれない。その具体例がはたしてすべての人間が悲しく感じるかどうか分からないのにもかかわらず、だ。

 

 

 自分の知らない心の状態を体験してみたい、と秋が深まり落ち葉が舞う景色を見て哀愁を感じつつ思う。だいぶ涼しくなってきたなあ。